「教育と商い」の中庸

更新日:2020年10月1日


(前回記事:凡人の私がなぜ、論算兼備を唱えるまでになったか?)


わたしが所属した組織は、学校とはいえ、

正式には、一般にいう学校法人(税制でも優遇された認可の教育機関)とは異なる。

株式会社立で学校運営するということは、

つまりは、一般企業(営利組織)そのもの である。


これを経営するには、相当の難しさがあった。



難しさ①  受講者の不利益


まず、わたしの所属部門は、

高校卒が進学する専門学校にあたる

「2年制専門校」だった。


しかし、学校法人とは異なり、


・交通機関の学割が効かない。

・正式な学歴とならない。

・日本育英会の奨学金が使えない


などのデメリットがならぶ。


難しさ②  対外的な批判


・教育は、利益を追求するものではない。

・学校は、利益をあげるところでもない。

・教育は、崇高なもので、ビジネスとは無縁でかけ離れているもの。

・金儲けで、教育をやるのか。

などといった批判は常にあった。

道徳と経済は、一致しない。

教育と経済は、合致するものではない。

という批判と正面から向き合う必要があった。


難しさ③  進路媒体誌や進路相談会に入れない


マーケティング的な観点でいうと、進路媒体誌や進路相談会・説明会への参加は、結婚式場業界でいうところのゼクシィに掲載されるのと同じくらい大きなタッチポイントである。

しかし、株式会社立である専門校は、ここに掲載できないし、入れない。

なので、独自でマーケティングを思考錯誤しなければ、学生たちに、学校の存在を、知ってもらうことすらないのだ。


このような稀有な環境下で、

校舎経営を任されてきたなので、

一瞬でも油断すると、即座に落ち込む。

潰れる。卒業生は母校がなくなる。


こういった緊張感とプレッシャーの中、

24時間、365日、14年間、全力疾走で駆け抜けてきた。


これが、わたしに「真なる教育の目的」「教育と経営のバランス=中庸」を身につけ、格物致知となり、のちに、ここに生涯を捧げる天命にもなったというわけだ。

そういう意味でいうと、新卒で入社した会社が、

学校法人でなくて、本当に良かったと思う。

わたしは、教育者としてのキャリアではない。先生でもない。

「会社という組織」で「教育」という事業の経営を任され、そこで、鍛えられてきたのだ。

◆では、一体なぜ、株式会社立の学校にしたのか?


今でも憶えているが、会社として

職業訓練校「認可」などの選択肢はあった。


しかし、佐藤耕一会長は、

あの時代に、あえて、この道を選んだ。


なぜか? 


「為世為人」という綱領から


“文科省の規制に縛られない教育”


の必要性を考え、「教育ルネッサンス、産学官共同、国際人教育」という3つの「建学の精神」のもと、株式会社で学校運営をすることで、独自の自由な発想を教育環境に活かすという選択をされたのだ


今でこそ、イノベーティブな学校や教育機関が株式会社で設立されるようになり、堀江貴文氏や本田圭佑氏らも、学校・教育に対して、自由度をもたせるべきだと主張し、世の中から、受け入れられているが、1990年代当時は、そんな考えを発しても、ごく一部の人にしか共感されず、むしろ相当、世間の目は、厳しかった。


世の中に、どれほどの人間が、

ここに可能性を見出し、挑戦し、


(そして、ここが大切な点だが)

維持し続けることができただろうか?

言うは易し、行うは相当難し である。