「仏陀に学ぶ」円覚寺 横田管長のご講話を拝聴して

更新日:9月9日

令和3年9月7日


 新型コロナウィルスによる非常事態宣言家の中、致知出版社のご厚意により、円覚寺で横田管長のご講話をいただいた。1282年、元寇後に建立。敵味方もなく平等に供養されたという由緒あるお寺での講話に、最近のオンライン偏重の対話とは異質のありがたみを感じた。この場を設けてくださったことに深く感謝する。


感染対策万全での円覚寺 講話・座禅会の開催(撮影:致知出版社様)


 講話は「仏陀に学ぶ」というテーマであった。感想を一言で言うと「現代をいかに生きるかの智慧を、禅から五感で学び感じ得た場」であった。私は日頃、企業の活動を通し、いかに経済活動に人間性を取り戻すかという論算兼備の世づくりを目的としている。今回もその観点から望ませていただいたが、大きく3つに集約される。


 まずは、仏陀が生きた時代も現代も人間の本質は変わらないという点である。仏陀が修行するに至るまでの葛藤、社会の実態、人間の欲に対して抱いた失望などは、現代人の悩みと何も変わらない。ただ、仏陀が偉いのは、前例なき道を自らの意思で切り開き、極め、わがものとし、それを世に広めたという点である。我々現代人は、すでに先哲たち古典や歴史から学べる「智慧」がある。にも関わらず、それを生かしきれていない。そういう意味では天地の差だ。


 2つ目は、これではいけない!という願い。横田管長は節々に、仏陀の生き方を通して我々にこの言葉を送って下さった。仏陀も最初、“自分が悟った真理は、欲にまみれた人々に伝えても聞かないだろうし、自分も疲れるだけだろう"と思っていた。しかし、梵天が説得することで考え直し、そんな人ばかりではない事実に触れ、決意したという。その話を聞き「そうか! 仏陀でも躊躇していたのか!」と知り、少しばかり勇気が湧いた。


「悪党は群れやすいが、善党はその言葉自体もない」ということを、致知出版社 藤尾社長は我々によく話してくださる。それは、仏陀でさえも、梵天の勧請がなければ埋没していたから のように思う。善党は群れず、少数で、弱いもの。しかし、私のような凡人でも何か1つのきっかけで事を起こすことは可能では無いだろうか? ましてや現代は、技術も発展し、世界は一瞬で距離を超え、つながることができる。ないのは、仏陀のような「鉄の意志」と「一見愚かというほどの真面目さ」と「行動力」。そして梵天のように、善党の背中を押す人の存在だけではないだろうか。


 では、何を伝えるか。仏陀は3つの真理(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)・八正道(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)であった。それをアーナンダやスパッタなど、一人ひとりに伝えていった。


 我々現代人はどうか?


我々には致知がある。致知を使った研修・勉強会木鶏会)読書会がある。愛読者や応援者・周りには稲盛和夫氏のような優れた経営者、今回ご縁をいただいた横田管長を始めとした多くの覚者がいる。藤尾社長には背中を押していただいている。すでに持っているのだ。一人一人が己を高め、結束し、一隅を照らし、仏陀がこの世に残した真理をつないでいきたい。円覚寺で座禅をし、そんな思いが湧いてきた。この貴重な機会に恵まれていることに感謝し、恩に報いていく。


株式会社ヒューマニティー・マーケティング

代表取締役 池田篤史





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